よい俳句を作る三つの条件

                『致知』2010年3月号

                 特集「運をつかむ」総リードより

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「功の成るは成るの日に成るに非ず。けだし必ず由って起る所あり。禍の作るは作る日に作らず。また必ず由って兆す所あり」

蘇老泉の「管仲論」にある言葉である。

人が成功するのは、ある日突然成功するわけではない。平素の努力の集積によって成功する。

禍が起こるのも、その日に起こるのではない。前から必ずその萌芽があるということである。

運をつかむのもまた、同じことだろう。宝くじを当てる。これは運をつかむことだろうか。

棚ぼた式に転がり込む幸運というのは、得てしてうたかたのごとく消え去るものである。

ことによると身の破滅にもなりかねない。

運をつかむには、運に恵まれるにふさわしい体質を作らなければならない。言い換えれば、運を呼び寄せ、やってきた運をつかみ取るだけの実力を養わなければならない、ということである。

そういう意味で忘れられない言葉がある。よい俳句を作る三つの条件である。

どなたの言葉かは失念したが、初めて目にした時、胸に深く響くものがあった。

その第一は、強く生きること。

強く生きるとは、「主体的に生きる」ということだろう。

状況に振り回されるのではなく、状況をよりよく変えていく生き方である。

「覚悟を決めて生きる」と言い換えることもできよう。

一道をひらいた人は一様に、強く生きた人である。

例えば、江戸後期の儒者、頼山陽は十三歳の正月に、こういう覚悟を決めている。

「十有三春秋 逝く者はすでに水の如し 天地始終なく 人生生死あり いずくんぞ古人に類して千載青史に列するを得んや」

(もう十三歳になってしまった。時間は流れる水のように過ぎていく。天地には始めも終わりもないが、人間は必ず死ぬ。どうしたら昔の偉い人と並んで 歴史にその名を留めることができるだろうか)

 小卒で給仕から大学教授になった田中菊雄氏の言葉。

「一生の間にある連続した五年、本当に脇目もふらずに、さながら憑かれた人のごとく一つの研究課題に自分のすべてを集中し、全精力を一点に究める人があったら、その人は何者かになるだろう」

 こういう信念、姿勢が、強く生きる人格のコア(核)になる。

第二は、深く見る。

強く生きることで初めて視点が定まり、深く見ることができる。

深く見るとは本質を見抜くことである。状況を見抜くことでもある。ここに知恵が生まれる。

第三は、巧みに表す。

巧みに表すことは大事である。分野を問わず、技術、技巧なくしてよいものは作れない。

だが、それだけではよいものは作れない。

 

強く生きる信念、深く見る姿勢があって、初めて技巧は生きてくる。

この三条件はそのまま、よい運をつかむ条件である。

「弱さと悪と愚かさとは互いに関連している。けだし弱さとは一種の悪であって、弱き善人では駄目である」

哲学者、森信三師の言葉である。

運をつかむ道は人格陶冶の道であることを、哲人の言は教えている。